第5回目


≪ユニフォーム≫

ヨーロッパに渡り契約書にサインを交わすときはドキドキしました。
今でも覚えていますが、一番最後の項目には1シーズン3枚支給と書いてあり、ユニホームの枚数まで契約を交わすのかと びっくりしました。「プリントする名前はishidaでいいか?」と聞かれたので「daisukeでお願いします。」と応えたわけで すが、マネージャーもコーチも「daisuke」をうまく発音できず、「ishida」の方が覚えやすいということで「ishida」と 入れてもらうことにしました。
そして出来上がったのが写真の「ishida」というプリントの入ったデンマークリーグKoge bugtチームとスウェーデンリーグ Enkopingstratosチームのユニホーム。特にデンマークリーグはユニホームやパンツ、ジャージから練習着に至るまでマネー ジャーが毎試合、洗濯をして持ってきてくれていました。アイロンまでかけてくれたようにピシッと、柔軟剤の匂いがフワッと。 更衣室に並んだそれらのユニホームを見たときにはいつも気合が入りましたね。今から戦うんだと。今でもこのユニホームを 見ると、これを着てヨーロッパで試合をしたいなと思いますね。
自分の卓球人生の中での忘れることのできない思い出のユニホームです。

*そこで今回この石田大輔着用ユニホーム(左がデンマークリーグkoge bugtのユニホーム/右がスウェーデンリーグenkoping stratosのユニホーム)をこのHPを通じて応援してくださった方に抽選で各1名様にプレゼントします!

【応募方法】
官製はがきにお名前、ご住所、お電話番号、年齢、石田大輔へのメッセージやホームページのご意見をお書き添えの上、下記の宛先 までご応募下さい。

【プレゼントの宛先】
〒160-0005
東京都新宿区愛住町23番地
ベルックス新宿ビルU7F
株式会社トライフュージョン
石田大輔『ユニフォーム』プレゼント係り
*応募の際にどちらのユニフォームを希望するかもお忘れなくお書き添え下さい。

【応募締め切り】
2008年3月末日消印有効
*当選者は商品の発送をもってかえさせて頂きます。

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石田大輔


第4回目

≪ケイケン≫

本当は、この1年間が終わってから書きたいと思ってたんですけど、今一番思ってい ることなので、今書きたいと思います。
それはスウェーデンにきて本当に良かったなと!本当に色々な経験を肌で感じ、 自分で考えてどうすべきなのか、時にはこの歳で泣きそうになるくらいのアクシデント はありましたけどね(笑)ヨーロッパの国というか、日本が何でもきっちりしてるか らそう感じるのかもしれないんですけど、すごくルーズで、良く言えばすごくリラック スしているというか。そういう面は卓球のことでなくて、生活の中で感じることが 多々あって…。時々じゃないですよ。多々…。乗り換え時間が1時間あるのに、前の 電車が1時間以上遅れて乗れなかったとか。これは電車だからまだいいですけど、 飛行機も同じようなことが。その日の最終便に前の飛行機が遅れて、ゲートに着いた ときにはもうクローズされてました。必死に訴えてスーパー切れられながら飛び立つ 寸前の飛行機に乗らせてもらったんですけど、なんでこっちが切れられてんの?って感じ。 閉まる直前のスーパーで早く買えっ(激怒)って言われたり。日本だったら、 「まもなく閉店の時間です」って優しいアナウンスが流れるんだろうなって思ったり。 でも、そんなのは日常茶飯事。それが良い経験なのかはわからないですけど、でも日本 にいたら経験できなかったこと、自分で行くと決めたからこそは弱音を吐かずにどうに かしなかればならなかったこと。たくさんあります。
自分は大学時にの卓球部の安藤先生に洋服を買うお金を少しは経験に使えと良く言わ れました!その言葉を今は考えなくても理解できていますね(笑)。それは今しか経験で きないことを経験できたし、もちろん今の経験はお金じゃ買えませんから。まだ来期 はどうするのか、決めてません。でもどんな道に進んでも、自分の糧となってくれる に違いないと思っている部分はありますが、でもこの経験は役に立つ立たないではな く、自分の一生大切な経験になったと思います。
《経験》は、もちろん知識としても残り、一生消えることのない財産として残るものだ なってつくづく感じています。こんな経験ができて俺は幸せもんや!!!!!!!!!!! あとはデンマークリーグ優勝という《ケイケン》を味わいたいっ。

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石田大輔


第3回目


≪さくら≫

スウェーデンは今、白銀の世界。
マイナス15度、とにかく寒いっ!とは言っても500年ぶりの温暖なヨーロッパ、 自分にとってはそれはありがいたいことだと思ってたんですけど、スウェーデン人の 誰もが雪が降らないかな〜、今年は最悪だ〜って言ってたんです。
そのたびに雪が降るということはもっと寒くなることだから、自分はそうは思わない と言って来ました。なぜ雪をそこまで待ち望むのだろうかと不思議でしょうがないくらい。 それが今こうやって雪が降ってわかったんです。11月くらいからスウェーデンは、 ほとんど日が昇りません。3時過ぎには真っ暗。ダークな日々が続いてダークな気持ち になることも。それが雪が降ってからは、雪の白さで街が明るく感じるんです。 日が昇ってなくても明るく感じるんです。寒いけど、ダークな時よりも気持ちも世界も 明るくなっているなって思うんです。きっと来年になったら、雪を待ち望むだろうなって 思います。唯一スウェーデン人化したとこかなと(笑)
多くの方がそうだと思いますが自分も日本にいるときは毎年《さくら》を待ち望んで いました。寒い冬が通りすぎて、春の訪れと共に満開になるさくらを見て気分も晴れ 晴れしてましたね。花見のビールはこれまた最高!それはさておき、自分にとっては 《さくら》が始まりなんですよ。このスウェーデンに来ることを考えだしたのも《さ くら》が始まりでした。あの年の《さくら》は、いつもの年のさくらではなく自分に とってはもっともっと特別な忘れることのない《さくら》だったんですけどね。それ はケツメイシさんの歌う《さくら》でした。新しい道に進む前の自分は今思えばダー クだったのかなと(笑)そのダークな中でパッと光を照らしてくれたのがこの《さく ら》。支えてくれたトモダチがカラオケでおまえの《さくら》を咲かせろって聞かせ てくれたり、世の中たくさんしんどいこともあるけど、さくらを見てまた頑張れと背 中を押してくれたり…。
試合前はもちろんのこと、自分をもっと盛り上げたい時、し んどくなったとき、いつもこの《さくら》を聴きます。スウェーデンではさくらは見 れませんが、自分なりに一発《さくら》を咲かせるぞぉ〜って!!!今こうして雪の 中に埋もれているとより一層、そう思う毎日です!!

I love さくら&Table tennis 石田大輔


第2回目

≪卓球≫

卓球とは、僕にとっては《トモダチ》一生のトモダチ。

卓球が感動や喜びをたくさんくれたし、しんどい時には卓球に打ち込むことで気が晴 れたり、常に僕の人生を一緒に歩んできたトモダチ。卓球というトモダチがいたから こそ出会えたトモダチもたくさんいるし、貴重な経験をすることができました。
卓球だけで生活をしている今となれば、自分にとって職業でもあるのかもしれませ ん。でも、卓球のようなマイナースポーツでは、それだけで生活していくことは確か に大変なことです。松下浩二さんや皆さんご存知の福原愛ちゃんのようにスーパース ターとなれば話は別かもしれません。サッカーや野球のように日本のトップリーグで プレーできる選手であればある程度の収入もあり、十分に打ち込める環境も整ってい ると思います。それらの事に関して言えば卓球は厳しい現状ではあると思います。 今のような生活を始めてから余計に卓球で稼げるの?生活できるの?っていうことを 聞かれることが多くなったのも確かです。でも、トモダチってお金を稼げるからトモ ダチでいるわけではないし、生活をするためにトモダチになるわけでもありません。 一緒にいて楽しかったり、思いっきり笑ったり、刺激しあえたり、勉強しあえたり、 辛いときには支えてくれたり…。

自分にとっては、卓球ってそんなトモダチなんです。だから、一生付き合っていきた いと思っているし、卓球というトモダチに出会えて本当に良かったなって心から思っ ています。トモダチって本当に大切な存在だし、トモダチのために何かをしようって 思える人生もすごく素敵だなって思います。
僕はこの夏、伊藤和子選手と出会いました。世界選手権のタイトル、もちろん全日本 のタイトルを獲っているスーパーアスリートです。伊藤さんは、ラケットのピアス に、ラケットのネックレスをしていました。伊藤さんはたぶん70歳。もちろん全日 本にも出場するような現役バリバリです。卓球の話をしている伊藤さんは本当に楽し そうだったし、監督として選手をみている時は真剣そのものでした。そして何より卓 球が大好きなんだなって。丁度、その時、鎖骨ら辺を疲労骨折されてて、お医者さん に卓球をすることを禁止されてるとのことでした。でも、「昨日誰もみてないとこで マシン相手に練習しちゃった、お医者さんも私に練習は禁止って言いながらもあきら めてると思う笑」って自分にこっそり…そしてにっこり!
そんな伊藤さんをみて、伊藤さんにとっても卓球というスポーツは一生のトモダチな んだろうなって勝手に思っていました。そして自分もにっこり!

自分にとっても一生涯、卓球はトモダチ。卓球がトモダチでいてくれたらの話ですけ ど´∀`)ノ

I love Table tennis 石田大輔


第1回目

≪チャレンジ≫

自分は10歳の時に卓球を始めて25歳まで卓球漬けの毎日を送ってきました。進学、就職と第一優先に考えてきたものは、どんな時も卓球。もちろん誰が決めたわけでなく、自分自身の意志で進んできた道です。そして、25歳のときに一度はラケットを置きました。それは、自分の中で100%やりきったという想いからではなく、自分の能力に対して限界をなんとなく感じ、なんとなく進んだ道だったように思います。

それから2ヶ月間、ラケットを握ることなく、いちサラリーマンとして時には朝の8時から夜の10時まで業務につきました。一から仕事をはじめ、早く人並みに業務をこなせるようになるために必死でした。そんな傍ら自分の歩んできた卓球人生をゆっくり振り返る時間でもあったように思います。

任された仕事を中途半端にすることはできません、しかし、達成できなかった卓球への想いが自分の中で日に日に大きくなってきていることも感じていました。ただ、その時は卓球をやりたいという気持ちが大きくなればなるほど、自分はどうしたら良いのか、何をすべきなのか、困惑した状況が続いていました。卓球の事を考えるのは辞めようと自分に言い聞かせていたこともありました。

そして約2ヶ月が経ち、どんな形であってもいい、卓球を続けよう、いや卓球を続けたいと。やっと本心と真っ向から向き合うことができました。それからは、卓球人生の中で出会ってきた友達に本心を伝え、たくさんの友達に支えられながら卓球を始めました。いつでも練習にきていいよと誘ってくれたチームにあつかましくお邪魔させて頂いたり、閉館間際の公民館で友達と待ち合わせたり、30分だけでも卓球ができるとなれば業務後1時間、時には2時間、車を飛ばしてどこへでも行きました。正直、こんな場所で卓球ができるんだと思うような所もありました。

台はでこぼこ、ネットはいくらやり直しても張れない、床はすべる、でも本当に卓球が楽しかった…。

そんな時、スウェーデン人の指導者ソーレン・アレーンさんと友人を通じてメールをやりとりする機会がありました。ソーレンは前日本代表監督。そのときに高校生だった自分は合宿でソーレンに指導を受けたこともありました。ソーレンに卓球をやりたいという気持ちを伝えて、返信されてきたメール。全く英語ができなかった自分は翻訳の仕事をしていた先輩に訳してもらっていたのですが、ソーレンからのそのメールに英語を理解できない自分の目にでも飛び込んできた文字がありました。

"Challenge"

海外リーグへのチャレンジ。大学の時に一度、ドイツのブンデスリーグからオファーを受けたものの、休学申請書も準備した時点で断念したことがあります。それからずっと自分の中にあった海外リーグでプレーする夢。今なら思い切ってできると、ソーレンからの言葉"Challenge"を見たときに体がしびれたことを覚えています。

自分の人生の中で後悔なんて、いくつもあります。世間一般でいう安定した大企業を退職すること、そして年齢的なこと、一度はラケットを置いたブランク、まわりの方からは反対も受けました。
だけど、一生取り返しのつかない後悔、一生後悔し続ける後悔はしたくない。

今しかない"Challenge"するんだと、自分の意志で決めました進むべき道、いや進みたい道…会社を退職し、2006年1月31日海外リーグへ"Challenge"いざスウェーデンへ!

石田大輔